嶋田佑紀公式Blog【おむすびとわたしと。】

わたしがひかりの種として伝えている「心がほどけるおむすび」から派生した話と、その活動に共感してくれた人たちで伝える「おいしい」の尊い力を綴っています。

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6年間の幼稚園保護者生活を終えて。

ご訪問ありがとうございます。
嶋田佑紀(しまだゆうき)です。

 

 

 

 完全に私的な記録として残しておこうと思います。

ご興味ある方だけ、どうぞ!

 

 

けやの森学園との出会い 

忘れもしない、2015年、夏のある日。

9月上旬に次男を出産予定で大きなお腹を抱えてフーフーいいながら真夏の散歩がてらお使いをしていた日。日傘をさしながら駅前の床屋さんの前を通った時、ふと目についたポスター。

「えっ?こんな幼稚園あるの?!」という衝撃が走ったのを今でも覚えています。

当時長男は2歳になったところでした。保育園に入れるか、4年保育の幼稚園に入れるか。でも近所にはここ!と思える幼稚園を見つけられず、保育園にだって入れるかわからない。どうしたもんか、と思っていた矢先でした。

 4年保育であること、普通の幼稚園教育とはちょっと違いそうなこと(外で過ごす時間が多そうなこと)、所沢までバスを出してくれること。

2日後に迫っていた説明会に参加するため、帰ってすぐ幼稚園に電話をしました。大きなお腹で最前列で説明会をきいていた姿や、当時の年長さんの堂々とした姿をうんうん頷きながら見学していたわたしを、今の園長先生もすごく記憶に残っていたそうです。覚えていてくれました。

10月の上旬には幼稚園での面談という名の面接がありました。産んでから参加したわけですが、当時の様子を、ある先生が「”うんできました!”って来て、、、すごいパワフルなお母さんだわ〜って関心したわよ」と最終日に話してくれました 笑

 

 

入園してから

入園の動機は教育方針に共感したからだったのですが・・・・予想外だったのは親の出番がものすごく多かったこと。できれば大人どうしの関わりは遠慮したかったわたしにとって、当初ものすごく面倒臭かったです。係活動や行事など、とにかく園との関わりが多かったんですよね。暗黙の中での親同士の連携も必要とされていたというか。

母親という役割の人たちがすごく苦手だったのと、なんていうか・・・わたしの居場所じゃない的に思っていたんです。だから当時のわたし、すごく鼻に付く女だったと思います。実際に当時の係のリーダーさんにある意見を言ったら「来てないくせに」って言われましたからねww

わたしね、ほとんど園に顔を出していませんでした。親の係活動は別に義務ではなかったですし。もちろん運動会などは参加していましたし、親を必要とされる時はでていたけど他のお母さんと交流することもなくさっさと帰っていました。園にも「親同士の交流を深めてくださいね、情報交換してくださいね」なんて言われていなかったし。だけどやっぱりいざという時は日常の関係こそが、ですね。

今はできるだけ下のお母さんには伝えるようにしています。もちろん相手を選ぶけど。バス停で会った時とか、行事の前とかね。園の意図やその時の親の立ち位置みたいなものを、なんていうか、、、みんなで子どもを育てよう、先輩母が園との架け橋をしよう、みたいな意識が今はあります(ました、かな)。 

 

そして子どもは「この場所は信頼できる場所なのかな」を、親を通して探っています。初めての場所では特にそうだと思います。当時の長男はよくよく察していたんじゃないでしょうか。

 

 

親の態度のツケはしっかりまわってくる

わたしがそんな姿勢で園やお母さん達と関わり続けたからだと、今はよくよくわかりますが。。。。

年中の半ばくらいに担任の先生に言われていたんですよね「ななくん(長男)はいい子すぎる」って。親としては「いい子」であることは◎なのかもしれないけど、わたしはすごくひっかかっていました。

わたしの態度をちゃーんと察していたな、と今は思います。基本バス登園だった我が家が、時々お迎えの時もあったんだけど、そんな時って友達と遊びたがるんですよね。でもわたしは「帰ろう」って交流を避けていたし、お母さんと情報交換するようなこともなかったし。バス通学ってやっぱり園の様子や先生の意図って伝わりにくくって。だからそんな時に自分から先生やお母さん達と交流を計ればいいんだろうけど、、、これって「知る」「興味を持つ」の態度なんだけど、当時のわたしはなんかそうは思えなかったんですね。へつらうみたいな氣がしちゃってた。上っ面の付き合いみたいな。どうせ本音なんて言わないでしょ、ってね。そんなことするくらになら最低限わかっておおけばいいや、困らない程度でいいや、と思っていました。

 

だけどね、園に出入りすると何がわかるかというとまず子どもの様子。園庭で遊んでいる姿からどの子と仲がいいかわかるし、関わり方もわかる。さらに先生の関わり方や、その延長線には園の方針があって、行事の目的がある。そうなってはじめて親がどんなサポートをしていくといいのかわかるんですよね。声かけひとつ、意図や目的がわかると、家庭という環境の中で親がどう寄り添うといいか、わかるわけです。わかる、というのは、園と家庭が「子どもを育てる」というひとつのチームになれるということ。

園で言っていることと、家庭で言っていることがバラバラというのが一番よくない。これはどんな環境でも一緒だと思います。学校だろうが、習い事だろうが。

 

それなのにわたしは良い園に通っていれば子どもは成長すると思っていたんです。何かあれば連絡があるだろう、って。

これ、なんていうかわかります?他力本願、っていうんですよ(笑)

 

 

転機になったできごと  

結局長男が年長になってからは、副園長先生(今の園長先生)と、担任の先生とかなりの回数の面談を重ねました。長男がそのまんまの姿を見せることに不安を感じているから、いい子を取り繕っている、ということだったんですね。

当時のわたしは長男がどうしてそうなるのか、本当にわかりませんでした。だって、こんなに大事にしてるのに、こんなに寄り添っているのに、って。

「何がわるいんですか?わたしの何がいけないんですか?!」って喧嘩みたいになったこともありましたよ。でもね「何」を教えてくれないんです。

それがこの幼稚園の方針だったんですけどね。スパルタだよね〜笑

 

当時のわたしがどうしてそんなふうに悩んでいたのか。

答えをすごく求めていたわたしの姿勢に原因があったと思います。答えを出すために寄り添っていた。だから長男が自分の答えではなく、お母さんが必要とする答えを導きだすために思考を働かせていた。5歳6歳7歳くらいまでは「なんとなくそう思った」もOKな世代なんですよね。わたしはそれを認めていなかったし、そんなふうにこちらの求める答えを出せないこともOKにしていなかった。答えを出すまで「なんでそう思うの?」「どうしてそう感じるの?」「じゃぁ、どうしたらいい?」と問い詰めていた。

 

先生がね、長男のある作品を見た時に、わたし自身は関心を寄せているつもりで問いていたことが「詰問」に見えたんですって。

だからねわたしは義務感で関心を寄せているフリだったんだな、と思ったんです。

 

「お〜、これいいね〜」「あれかわいい」「これって何?◯◯◯?あ、見える見える!」って、ただ褒めるだけでよかったのにね。

 

どうしてつくろうと思ったの?なんでこうなったの?って。。。。

 

 

わたしの仕事への姿勢も、実はリンクしていました。やりたいことをやるのではなく、必要とされていることをやろうとしていた頃でした。お金になるのはやりたいことじゃなくて必要とされていることだからと我慢や葛藤が渦巻いていた頃でした。そしてそのコンテンツをコンサルタントさんに見つけてもらおうとする「他力本願」な姿勢。

 

 

幼稚園では、年長さんは当たり前にみんなの前で発表する機会があります。それは朝であったり、行事が終わった後であったり、、、、すごいことなんて誰も求めていなんだけど、順番がくると長男は、黙ってしくしくと泣き出してしまうことが何度か続いたんですね。

まさにこれが彼にとっての「葛藤」でした。自分の言いたいと思っていることはお母さんにとってOKなんだろうか、先生が求めている答えなんだろうか。言いたいこととと求められていることが=(イコール)になっていないんじゃないか。。。。と考えているうちに何を言っていいかわからなくなって、混乱して涙となって表現されてしまう。

 

そんなことがありました。

 

それを見て本当にまずい、と思ったんですよね。どうにかしないと、って。だけどどうしたらいいんだ?って感じでした。

 

そんな時衝撃的なことがおきます。

長男のカヌーの授業の時のこと。

 

授業の前に必ず先生が、自分達ででてきてからの着替えの準備をさせるんですね。リュックに入れているものは自分達で理解しているはずなので(家で必ず一緒にどこに何を入れたか確認して送りだします)わたしは何も心配していなかったんです。

「バスタオル、名前を上にして出しておいてね」という先生の一言で、みるみる青ざめていく長男。

え?だって名前書いてあるし!見つけられないの?どうした?!と、不安になるわたし。

 

やっとの思いで先生に「先生、、、名前がない。。」と泣きそうな顔で打ち明けることができた長男。

 

どうやら名前が薄くなっていて、ほぼほぼ見えないほどに消えていたようなのです。

あぁ、ごめん。お母さんが気づかなかった!!

 

 

これがわたしが「子どもをサポートする」ということの本質がわかった瞬間でした。

カヌーができるようになるためにあーだこーだとアドバイスするのではなく、カヌーの授業にめいっぱい集中できるように、その環境を整えることが親の役目。

制作ができるようにするために何かアドバイスするんじゃなくて、規則正しい生活とごはんをつくって、思考がしっかり働くように生活を見守るのが親の役目。

お弁当は午後も元気に楽しめるような喜ぶものをつくる、とか(健康にばっかり目をやらないとか)もそうですよね。

 

もし長男が切り替えがうまくできない子だったら、その後のカヌーの授業はもちろん氣持ちよく参加できなかったでしょうし、めそめそ泣いたりしていたら置いていかれていたかもしれない。

親のできることって、環境をつくることなんだ。

何かできるようにすることじゃない。

長男には切ない経験をさせてしまって今思出しても泣けてくるのですが、それでもわたしにとって大きな大きな学びとなり強く強く印象づいた出来事でした。

 

やっと親としての自覚、といでもいうのか、親として子どもがのびのびと自分らしく育つためのポイントがわかったこの頃、次男の担任の先生に言われました。

「てるくんのことも見てあげてくださいね」って。

 

 

長男で経験しても次男では通用しないことが盛り盛り!

もうね、本当に次男には申し訳ない氣持ちでいっぱいになったのを覚えています。

長男の問題にばかり目がいっていたこともそうですが、実は次男、宇宙人すぎて全然理解できなかったんですよ。何か注意しても「てへっ♡」って笑ってるし、目を見て話を聞く氣がない、というかね。その態度に付き合ってられない、って、若干見放してしまっていたようなところがあったんです。まだ4歳なのに!

 

本当にわたしは親というものをなんだと思っていたんだろう、と、今振り返るとつくづく傲慢だったなぁと反省します。

 

それから次男には真っ直ぐ目を見て話をすることをとにかく丁寧に丁寧にしました。「ね、きいて。おかあさん見て」とことあるごとに、座って視線の高さを合わせて話をするようにしました。そうしたらね、次男がまさに彼の本来の姿なんでしょうけど、甘えん坊になっていったんですよね。多分、めちゃめちゃ甘えん坊なんですけどね、それができないでいたのか、どうせ、と諦めていたのか。それが目を見て話さない、という態度にでていたのでしょうね。

 

そこで次男が改善したか?

いいえ!笑

 

課題は山積みでした。笑

嘘をついて本当のことを言わずその場しのぎでごまかそうとして親のわたしは事務室に呼び出されたこともあります。大人をなめている、とまではいきませんが、どうせ聞いてないんだから平気、という態度の芽が生えだしてしまったのだろうと、本当に心配しました。そして家ではちょっとでもごまかしがあったら「本当なのね?」とか「本当の氣持ちなのね?」と確認だけするようにしました。「ここはざわざわしない?」「のの様(仏様)は見てるけど、大丈夫ね?」と。

 

昔のわたしだったら「こうだよね、ああだよね」と理詰めしていたと思うんですよね。本当の答えはこれでしょう、と。

だけど、言葉にできなくても、感じたことに対して正直に行動する。ざわざわしたら違うんだな、すっきりするからOKなんだ、という体感覚で次男は選択・行動できるようになってきたので、今はそれでOKと思っています。

 

ただ、けやの森では、体感覚でわかることを年長になったら言葉にして表現する、という練習をします。これは幼稚園の方針によるところなんでしょうけれど、息子達の通った幼稚園では「表現する」ということはとても大切にされてきました。それは絵画であったり、プレイであったり、言葉であったり。なぜならそれによって自分を大切にしていることと、同時に相手を大切にすること(そのままを認めること)を学ぶからです。

だからわたしも次は「言葉にしてみよう」という働きかけをしていました。 

 

それでも次男は「トイレ行きたい」というレベルから「手伝ってほしい」というレベルまで「〜〜したい」がなかなか言えずにいました。これは長男の時とちょっと違う感じで、、、、

なんというか、優しすぎるというかね。先生がお話しているから途中でとめたらまずいな、とか、手伝ってっていうのは迷惑かけちゃうな、とかね。遠慮というのかな。ある意味、空気を壊す勇氣が出せないともいうと思います。

 

言わなくてもいいや、から、自分がどうしたいかわかってきて、表現する(伝える)ようになる。表現しない(伝えない)と自分も困るしみんなにも迷惑がかかる。

このステップを着実に(?)踏んできての、年長さんでのスキーキャンプの頃には、言って失敗、言わずに失敗も経験できたかな、と思います。

 

 

全てがわたしの鏡

お氣づきでしょうか。

まったくもってわたしの姿とリンクしているんですよ。

 

やりたいことをやりたい、と言えていなかったこと。

甘えられないでいじけていたこと。

そういうこともあるよね、とグレーを認め許すこと。

 

周りの空気を読むことや、我慢をすることは時に必要ですが、すくなくとも幼児の段階で必要だったのか。と聞かれたらわたしは否。と思います。

そしてとても不思議なことに、一見大人が「将来こまるよ」と思うような性質(やりたいことはやりたい!と言ったり、甘えん坊であること)は、振り幅をめいっぱい味わった後は必ず、その子のあるがままの資質や持ち味として定着し、なんの違和感もなくなります。 

これを大人の都合で蓋をしたり、コントロールしたりするから、本当に大人になった時面倒なことになるわけですよね(苦笑)

 

 

長男はおかげさまでそれからぐんぐん自分らしくなっていき、3月の集大成である和太鼓の発表では多くの大人が驚くほどの成果を見せました。幼児の域はゆうに超えていたと思います。それだけ長男は可能性のある子なんだな、と改めて子育てに緊張感を持ったことを覚えています。

小学生になってからほとんど心配することはなくなりました。

 

 

ですが次男に関しては、卒園間近になっても迷い悩む場面がたくさんありました。

 

実は長男の年長の頃のぐんと変化を見せてくれた姿が印象に残っていて、次男のじわじわ〜という成長になかなか認めてあげられなかったんですね。わたし自身がもっと成長しないといけないんじゃないか、変化しないといけないんじゃないかという焦りにもなりました。

長男の成長って跳び箱みたいで、踏み板バンっ!って飛んで、ぴゅーんと成長曲線を描いた感じだったんですが

次男はどちらかというと、やるもやらないも味わって、自分の着地点を見つける感じ。あっちいってこっちいっておれの場所はここ、みたいなね。

 

成長のペースというのは個々で違う、というのを、見せつけられました。長男の方がわかりやすいからわたしも焦っていたんですよね。やっぱりどっか比べてしまっていたんだろうなぁ、と。これが次男を心底信頼していない元凶だったと思います。

 

長男は外でのこと話さなかったけど、次男はさらに輪をかけて態度が違ったのもまた、本当に困ったし不安にもなったな〜。

 

 

でもね、その幼稚園の集大成の発表会では、なんと長男と同じ和太鼓を選び、先生や親の心配を他所に、長男よりしっかり叩き、先生方に驚かれ褒められました。

さらには「てるくんは人として一番大切なことがちゃんと育っているなといつも感じていました」と担任の先生が言ってくださり。。。。成長は嬉しかったけど、それよりも安心感が強かったです。

「見えてなくても大丈夫だ」って。

 

長男の時は、ぱっかんして、自分のやりたいを表現できるようになって

次男は自分の信じる表現を表現したことが自信になって

それぞれが個性を持って育ってくれています。

 

 

けやの森幼稚園を選んだのはわたしのためだった ?

幼稚園のひとつの方針である「様々な人間であっていい」を、何より親のわたし(たち)に伝え続けてくださった先生方のおかげで、子ども達もわたしも、個性を開花させることができたように思っています。

 

実は先生方、心配していたようです。嶋田さんに伝わっているだろうか、誤解されていないだろうかって。でもね、わたしの言動の変化や幼稚園へのコミットの姿勢が変わったことで距離も縮まって、最後の林の卒園式は、まさに先生と私(と他の保護者)だからこそ実現したものでした。

https://mainichi.jp/articles/20200318/k00/00m/040/050000c


  

 

 

「教育活動とは可能性を偶然性に繋げることである」

けやの森学園はフランスのフレネ教育も教育方針にとりいれており、このフレネ教育の発端であるセレスタン・フレネの言葉です。

 

改めてわたしは、子どもに対して何かになる、何かになるための学びではなく、日常の暮らしや生き方そもそもと繋がっていくことを学びの場を通して提供していくこと、そして長い目で個性を見守ることをしたいと思いました。

短絡的な答え合わせに意味がないことは、けやの森を卒園した我が子と、そのポリシーのひとつのバトンを受け取ったわたしが証明できると信じながら。

 

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登園最終日に園長先生と涙のハグ。ちなみにハグなんてできるのわたしくらいかと(笑)そしてこんなシリアスになりそうな場面で面白いことができる長男、ちゃんと育ってるわ、と思っています(笑) 

 

 

 

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