嶋田佑紀公式Blog【おむすびとわたしと。】

わたしがひかりの種として伝えている「心がほどけるおむすび」から派生した話と、その活動に共感してくれた人たちで伝える「おいしい」の尊い力を綴っています。

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自分を心から尊んで、好きになることができたから。

ご訪問ありがとうございます。

嶋田佑紀(しまだゆうき)です。

クリスマスはいかがお過ごしでしたか。

嶋田家にももちろんサンタさんは来てくれて
子どもたちのドンピシャに欲しいものを置いていってくれました←夫爆睡によりわたし担当ww

欲しいプレゼントにOKするかどうかは毎年悩みます。。。笑

 

 

そんなクリスマスから一夜明けた昨日、御殿場へ子ども達とクルマで行ってきました。

19:00頃家に帰ってきたのですが
ポストを開けたら、わたしの大好きな方からプレゼントが届いていました!

最初はお客さまからのお付き合いだから、友人と言っていいのか悩むけれど。。。
知人、というのはちょっと距離ありすぎるなー。。。

子ども達同士も仲良しで、ある種同志のような同士のような、、、そんな嬉しい関係だとわたしは思っています♡

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ものすごく温かい気持ちが湧いて
嬉しいを通り越して感激で涙が出ました。

なんども書くけど、わたしはこういうのに弱い。

 

わたしが本当に届けたいものが届いた証だとも思うし
受け取ってもらえた証でもあるかな、と思えて。

 

 

 

でね、子ども達が寝てから
小腹すいちゃって焼きおにぎりつくって頬張っていたら(22:30にww)
いろいろメモをしたくなって書いたのがこちら。

 

わたしが駒込で泣いたのは
わたしを粗末に扱っていたから。
「こんなハズじゃない」のに、って悔しくて悲しくてやりきれなかったから。

 

こんなハズじゃないの「こんな」は
自分の扱い方のことだったんだろうな、と。

 

駒込で泣いた、というのは
飲み屋のママのおにぎりで泣いた、というやつね。(当時田端に住んでいました)

>>心がほどけるおむすびになるまで

 

 

本当はきっと誰しもが
自分を一番大切に扱いたいと思っているんじゃないかと思うの。

 

でも、そこに蓋をしている。
いつからか蓋をするのが当たり前になっていたり。

蓋をしているだけならまだしも
気づかないくらい麻痺していることもある。

 

ちなみにわたしは
ここで泣いたにもかかわらず
何も変えなかった。

食生活も仕事のスタイルもパートナーシップも
変えるという選択肢が浮かばなかった。←麻痺していた人、代表レベルww

 

そこから1年くらいして会社員をやめフリーランスになり
更に出産育児を経て
やっとやっと自分を取り戻したと実感できたのが今年、2018年でした。

10年以上かかったなぁ。。。

 

振り返ってわかるのは
2016年から心がほどけるおむすびの会をスタートしたわけなんだけど
そのあたりからが自分を取り戻すための集大成の時期がスタートしました。

本当の意味でゆるくのびのび自分らしさ全開で生きるための訓練をめちゃめちゃしていた気がします。
(そう生きたいと願っていたからなんだけどね。本当の願いに気づくにも時間がかかりました)

 

その2年もの間
傍らには心がほどけるおむすびがずっとあって。

わたしにとって《心がほどけるおむすび》をむすぶことは

そのままの自分を受け入れ、そのままのわたしでも大切に扱えるようになるために
自分で自分を喜ばせることが当たり前にできるようになるために

とても必要なことでした。

 

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今回のプレゼントや、今年頂く機会の増えたこういったお手紙。

全国へ行くようになったからではなくて
そのままのあるがままの自分を心底受け入れ愛せるようになった
その証なんじゃないかなと思うのです。

 

自分の中の愛を感じられる幸せ。

その愛が伝わっていく幸せ。

それがぎゅんぎゅん循環している幸せ。

 

こういうのを「豊か」と言うんだろうな、って思いました。

 

わたしね「稼ぎたい」ではなくて
「豊かさを味わいたい」ってオーダーしたんだった。

 

2019年はこういう豊かさをもっともっと味わいます!

  

 

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